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【インタビュー】新井セラさん
時代の変化を捉え男性の育児休業を推進しよう~これからの時代に成長するための企業戦略~

 令和2年度「東京都男女雇用平等参画状況調査」によると都内で働く男性の育児休業取得率は14.5%と、女性の94.8%と比較して低い割合に留まっており、男性の育休取得が一般的とは言えない現状が見て取れます。
 男性の育休取得が進むには、企業が男性社員の育児休業を積極的に後押しするマインドが定着する必要があります。 そのためには、男性の育休取得が進むことが、企業経営にどのような影響を与えるのか、これからの時代に何故必要なのか等を男性の上司に当たる経営者や管理職が正しく理解することが不可欠です。
 そこで、男性の育休取得率100%に向けて様々な企業の経営者にコンサルティングを行っている株式会社ワーク・ライフバランスで、コンサルタントとして活躍する新井セラさんに、男性の育休を進めることが企業経営に与える効果や育休取得が男性社員個人に与える影響について伺いました。

時代の変化で変わった「成長のための企業戦略」を理解しよう

 経営者の方から男性の育児休業についてのご相談をいただくことが増えてきましたが、現場の声を聴くと男性の育休取得に全く理解が無いという方は少ないようです。 ただ、皆さんが共通しておっしゃるのは、男性に育休を取ってもらうことが大切だとなんとなくはわかっていても、なぜ必要なのかをロジカルに理解し、説明するのが難しいということです。 そのような方にまずお伝えしたいのは、これから先、人口構造の変化に伴い経営戦略として、社員に求める働き方にも変化が避けられないということです。
 日本は、労働力人口が多く社会保障で支えられる人が少ない人口構造が経済にボーナスを与える「人口ボーナス期」と呼ばれる時代から、働く人よりも支えられる人が多くなり、人口構造が経済の重荷になる「人口オーナス期」へと変化しました。 人口ボーナス期にあたる高度経済成長期には、男性が長時間働き、同じような価値観の人を揃えることが経済成長の正攻法でしたが、人口オーナス期においては、性別にかかわりなく、育児や介護など様々な条件を抱える人も含め短時間で働くことができ、多様な価値観・属性を持つ人が集まる職場づくりが成長のためのルールへと変わりました。 育児や介護を担う人など色々な立場の人が会社にいることが、変化の早い市場のニーズに合わせた商品・サービスを生み出すことに繋がるからです。 これから会社の中核を担うことが期待される子育て世代の男性が育休を取得し、新たな価値観を得ることイコール会社の成長につながる。 このように整理すると、男性の育休取得の重要性が腹落ちできると思います。
 人口ボーナス期に輝かしい成功体験を積んだ企業ほど旧来の男性型の長時間労働を是としてしまいがちですが、社員が育休を取れない、長時間労働が当たり前、といった企業は、実は新型コロナウイルス感染症や災害のような有事において、社員が一人でも出社できなくなると経営が立ち行かなくなるリスクも抱えています。 人口オーナス期に入って20年以上経つ今、企業の存続のためには働き方を変えない選択肢はもはや無いのです。

男性の育休取得推進は企業の成長の鍵

 企業は旧来型の働き方(働かせ方)が家庭における男性の居場所と会社の生産性にも影響を与えてきたことも理解する必要があります。 育児のスタート期に、企業が男性を家庭に返さず、むしろ子供が生まれる前以上に働くことを求めてきた結果、家族から頼りにされたりあてにされることがなくなり、家庭での居場所を失ってしまった男性がたくさんいることから、「フラリーマン」という言葉まで生まれました。 働き方改革に伴って、多くの企業で生産性を上げ、社員に早く帰ってもらおうと努力をしましたが、もう「早く帰りたい」という内発的な動機を持てなくなってしまっている人もいるというご相談もたくさんいただいています。
 生産性を上げるには、実はこの内発的な動機が何よりも重要です。 そのためにも、社員に時間を返し、パートナーとのボタンの掛け違いの無い育児のスタート期を過ごせるような職場作りが大切です。 ライフのモチベーションがあることによって、業務を効率的に行うようになったり、チームでの業務が円滑に進むようになったり、会社と社員の間の信頼関係の向上から来る好循環のサイクルが生まれます。 家庭と仕事が両立できることで社員の満足度が向上し、企業に対するロイヤリティを高め優秀な人材に働き続けてもらうことにも繋がります。
 なお、ライフの時間を返すのは育児中か否かに関わらず、全年代の社員を対象にしていく必要があります。育児や介護など、一部の事情のある人だけのための施策では、対立構造が生まれ、いざという時に一枚岩になれない組織になってしまいます。 全ての人のライフが尊重されるというベースがあって初めて事情のある人も気兼ねなく休むことができますし、みんなが休めるからこそ、育児を既に終えた世代も、まだこれからの世代も、生産性を上げ、自分自身の成長に向けた内発的動機を探すことができるようになるのです。 このように、組織内のマジョリティの働き方を変えていくためのボウリングのセンターピンとなるのが男性の育児休業なのです。
 新卒男子学生の8割は育休の取得を望んでいるとの調査結果もあり、学生にとっても家庭と仕事の両立のしやすさは企業選択の軸の一つとなっていると言えるでしょう。 また、中途採用市場においては、家族から応援してもらえる働き方ができる組織かどうかが重要です。 男女ともに家事・育児を担うことが求められる中で、家庭で過ごす時間が取れない会社は、男性の家族から反対され選ばれない企業となってしまいます。
 優秀な人材が働き続けてくれる、人材市場から選ばれる企業となるためにも、男性が育休取得できる企業となる必要性があるのです。

男性の育休取得が必要なもう一つの理由~従業員の家族の命を守るために~

 男性の育休取得がなぜ必要なのか、経営戦略とは異なる視点からもぜひ知っておいていただきたいデータがあります。 産後の女性の死因の1位は、お産による出血死などではなく「自殺」であるということをご存知でしょうか。(2015〜16年、国立成育医療研究センター調査) この事実を知ると、男性の育休取得の推進は人の命がかかった問題であることがわかるかと思います。 夫が働いていると、妻一人で新生児の世話をし、生後一か月は外気に触れさせることができませんから、子どもと2人で一日中部屋に閉じこもる生活になりがちです。 こうした孤独な育児が妻を精神的に追い詰めていきます。 大切なパートナーを失わないためには、最低でも自殺の要因となる産後うつの発症ピークである産後2週間から1カ月の期間を、夫婦で共に育児をすることが大切です。 男性の育休は「取れる人が取る」という贅沢品ではなく、今や社会のインフラとして必要不可欠なものであることを、経営者、管理職、人事担当者は理解し、これから子育てをする当事者本人にも、周りの社員にもしっかりお伝えいただければと思います。

男性社員に届けたい6つのメッセージ

 男性の育休を推進するには、経営者だけでなく男性本人の直接の上司にあたる管理職の意識改革も欠かせません。 経営者が男性の育休の重要性を理解していても、管理職がそのことを知らずに、しかも良かれと思って、育休取得を希望する男性社員に「休んだら戻る場所は無いかもしれないぞ」「お前のキャリアがどうなるか、、、」とパタハラをしてしまうことがあります。 そのようなことが起きないためにも、会社のトップの考えを社内に明確に発信し、管理職と意識を共有することが大切です。
 また、男性自身が育休取得に消極的なことがあります。 そのような場合、以下のことをしっかりと伝えてあげてください。

1.一緒に育児のスタートダッシュをすることで戦力外通告を防ごう

育児のスタートラインは夫婦で同じであるにも関わらず、次第に育児に携わる時間が妻のほうが長くなってしまうことで、情報、能力に格差が生まれてしまうことがあります。 「やらないからできない」「できないからやらない」を繰り返すうちに、何をすればよいかもわからなくなってしまうのです。 夫婦で共に試行錯誤をすることで、共にスキルを身につけ、家庭から「蚊帳の外」状態になってしまうことを防ぎましょう。

2.育児休業給付金で収入の約8割をカバー

育休を取得することで、収入が減ることを恐れる人もいますがこれは誤解であることが多いです。 育休中は無給ですが、育児休業給付金で標準賃金月額の67%が支給されます。 一見少ないように感じるかもしれませんが、社会保険料等が免除にもなることから、実質の手取りとあまり変わらず、毎月の収入の約8割がカバーされます。 また、育休の取得期間によっては翌年の住民税や保育料も安くなるため、半年間育休をとっても可処分所得が通常時と実質1%しか変わらなかった事例もあります。 収入面の不安を払拭するためにも、Web等で育休中の収入をシミュレーションするように勧めると良いでしょう。

3.留学にも匹敵する生活の変化でイノベーションの種を

育児は海外留学に匹敵する生活の変化が起こります。 新たな価値観・経験に触れることは、仕事においてもイノベーションの種を持つことができる良い機会となります。

4.キャリアを見つめなおす貴重な機会

育休取得によりまとまった時間を確保することでその先の長い人生をどう生きるか、働き方をどうデザインしていくかをじっくり考えるチャンスとなります。

5.大切なパートナーを失わないために

先述の通り、産後うつを防ぐためには、男性が育児に参画し大切なパートナーの心と身体を支えることが大切です。

6.上の子との大切な時間(2人目以降の場合)

第二子以降の出産の場合、上の子のお世話、保育園の送り迎えや、心のケアなども必要です。 父親が上の子の面倒を見たり、時には母親と上の子だけの時間を作ってあげることで、赤ちゃんだけでなく上の子も大事という気持ちを伝えることができます。

コロナ禍の変化を見据えた今後の男性育休・企業戦略

 内閣府の調査によると、今回の感染症拡大により、以前に比べて家族の重要性をより意識することになった人は約半数います。 また、仕事以外の社会とのつながりの重要性に関しても、約4割の人がより意識するようになったという結果が出ています。
 企業のイメージを上げるために、1日でもいいから育休を取るように男性社員に働きかけ、実績を作ろうとする企業もありますが、それでは本質的な効果はありません。 これまでの男性の育休は取得率の競争でしたが、家族の重要性に対する意識が高まっている中で、今後は取得日数や男性本人とその家族の満足度などの中身の競争となっていきます。
 さらに人生100年時代においては、家庭の有無に関わらず、社員のライフを充実させることが、企業が持続的に成長するための鍵となるでしょう。 社員が仕事以外の社会とつながることで、社外のコミュニティからアイデアをインプットしたり、社内ではできない人脈の形成や新たなニーズを知ることに繋がります。
 コロナ禍で、人々の意識が仕事の枠を超えたところに向かっている今こそ、企業がさらなる成長を遂げるために新たな戦略へと舵を切る機会だと言えるでしょう。