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男性の「家庭進出」は、家庭にも社会にもいいこと尽くめ!
『「家族の幸せ」の経済学』著者・山口慎太郎さんが解説

山口慎太郎さん写真 男性の育児休業取得率は年々上昇傾向にあるものの、女性に比べると、まだまだ低い水準です。男性が育児休業を取得し、積極的に家事・育児に参加=「家庭進出」することは、これからの社会にとって欠かせないテーマです。結婚・出産・子育てなどに関する「家庭の経済学」を研究している東京大学大学院経済学研究科教授の山口慎太郎さんに、諸外国の事情も含めて、男性の家事・育児参画がもたらす家庭や社会全体への影響について解説していただきました。

日本は国際的に見ても男性の家事・育児時間が少ない

 男性と女性で、家事・育児に使っている時間に、どのくらい差があるかご存じでしょうか。このことを国際的に比較できる、国内調査と海外のデータを基にした統計が出ています。6歳未満の子供を持つ夫婦が、家事・育児に費やす1日当たりの平均時間を表したものです。

 

6歳未満の子供を持つ夫婦の家事・育児関連時間(1日あたり、国際比較)

6歳未満の子供を持つ夫婦の家事・育児関連時間(1日あたり、国際比較)のグラフ

※出典:男女共同参画白書(概要版) 平成30年版より

 夫婦の家事・育児時間を合わせたうち、日本では妻の負担割合が約85%を占め、夫の負担割合は15%程度です。女性と男性とで、実に5倍以上の差があります。

 それに対して、下のグラフに示されるように、アメリカやヨーロッパの国々では、夫の負担割合は約30~40%に達していて、その差は2~3倍です。どの国も総じて女性の方が家事・育児を多くこなしていますが、その中でも日本は家事・育児の男女格差が突出して大きいことが分かります。

 

各国の男性の家事・育児への参加割合

夫婦の家事育児時間のうち男性が行う割合グラフ

※作成者:山口慎太郎(東京大学)
データ出所:OECD Gender Data Portal (2021)
注:高所得国(世界銀行の定義)が対象

家事・育児負担の男女格差が縮まれば、出生率に好影響も

 日本の女性の就業率(15歳以上人口に占める女性就業者の割合)は、50%以上と高く、諸外国と比べても大差はありません。しかし、フルタイムで働く女性や役職者として活躍している女性の割合は、諸外国に比べて少ないのが現状です。背景の一つに、家庭の中で担っている家事・育児の負担が大きいことが挙げられます。男性が育児休業を取り、家事・育児負担の男女格差が小さくなれば、女性は今よりもっと家の外で力を発揮できるようになるはずです。

 また、ヨーロッパの調査では、ジェンダーニュートラル(男女の性差に捉われない考え方)が進んだ国ほど、出生率が高いことも分かっています。

 

出生率と男性の家事・育児などの負担割合の相関図

出生率と男性の家事育児負担割合の表

※作成者:山口慎太郎(東京大学)
データ出所:OECD Gender Data Portal (2021) および、World Bank Open Data (2021)
注:高所得国(世界銀行の定義)が対象

 

 その理由として、男性の子育て負担割合が高いと、女性は自然に「もう一人子供を産み育てたい」と思えるようになるからだと言われています。
 ヨーロッパの中でも出生率が低い国では、夫婦の間で、夫は子供を持ちたいと思っているけれど妻の方は、子供はもういらないといっている人が多いです。その理由を掘り下げていくと、妻に家事や子育ての負担がかかっており、もう一人子供を持ったら、更に自分にばかり負担が増えると妻が感じているという状況がありました。そのため、女性の家事・育児の負担を軽くすることは、長期的に見て少子化にも良い影響を及ぼすことが期待されています。 

男性は育児休業を取ると幸福感が増し、人生も変わる

 様々な幸福度の調査において、家族と過ごす時間が幸福を感じることに結びつくことが指摘されています。つまり、男性が育児休業を取って子供と過ごす時間が長くなること自体が、男性本人の幸福感につながることが多いです。
 日本は男性の育児休業取得率が14%程度に留まり、取得期間も5日程度です。フィンランド、スウェーデン、ドイツ、スペイン、オーストラリアなどは、日本よりは長めで、1~2か月が一般的です。一般の方の中には、「1か月程度の育児休業に意味があるのか?」と懐疑的な見方をする人もいます。しかし、短くても育児休業を取ると、男性は人生が変わるくらいのインパクトがあると研究によって分かってきました。
 カナダのケベック州で、平均5週間育児休業を取った男性の3年後の生活実態を調べたところ、男性の家事・育児の1日の平均時間が20%伸びていたんです。育児休業を出発点にその後のライフスタイルが変わるとしたら、育児休業は短くても大きな意味があります。同じ経験を持つ男性を増やすことが、社会の変化を促す重要な一歩になると言えるでしょう。

男性の「家庭進出」は、子供のジェンダー観にも影響

 子育てをする父親と、外で働く母親の姿を目の当たりにして育った子供は、ジェンダーニュートラルな態度について自然に学ぶことができると言われています。そのような子供は、自分が親になった時もごく自然に家事・育児に参加することができ、ジェンダーバイアス(男女の役割についての無意識の思い込み)から、やや自由になることも分かっています。
 最近は、「男性はこうあるべき、女性はこうあるべき」という型にはめられることを窮屈に感じる人がとても増えています。男性の「家庭進出」によって性別役割分担意識を持たない考えを持つ子供が増えることは、多くの人にとってより過ごしやすい社会を作ることにつながっていくと考えられます。

山口慎太郎さん写真

男性の育児休業取得推進は企業にも多くのメリット

 社員の育児休業取得は、「あの人でなければその仕事は分からない」という、業務の属人化から脱する良いきっかけになると思います。育児休業でなくても、人は病気やケガで会社を休まなければならないことがあります。誰が抜けても常に他の人がカバーできるようにしておくことは、企業のマネジメントとして非常に重要です。
 例えば、中堅社員の場合、これまで「自分がやった方が早い」などと部下に仕事を任せることが苦手だった人も、育児休業を取り仕事から離れることで、権限移譲ができるようになり、管理職的なスキルを高めることに繋がります。
また、上司が育児休業を取ると、同じ職場で同僚が取った場合よりも、部下の育児休業取得率が2.5倍もアップすることも分かっています。
 そして、育児休業が取りやすい会社であるかどうかは、採用市場での有利不利にも影響します。今は子育て世代の男性の8~9割が、育児休業を取りたいと考えています。育児休業制度の充実は採用に有利に働くだけでなく、社内の優秀な人材をつなぎとめておくためにも有効です。

企業トップが強い決意を持って推進することが大事

 デンマークでは、25人未満の会社を対象に、男性に限らず社員が育児休業を取ったあとに企業のパフォーマンスがどう変化するのか研究を行いました。その結果、育児休業で誰かが抜けても基本的に業務や業績に支障は出ず、他の人がカバーしたり、一時的に人を雇い入れたりすることでうまく乗り切れることが分かりました。そこから言えるのは、人員配置や仕事の割り振りを工夫すれば、日本の中小企業も育児休業の取得を推進することは十分に可能だということです。
 日本企業の成功事例を見ると、トップが非常に強い決意を持って取り組んでいることが、共通の特徴として挙げられます。強力なリーダーシップのもと、DX化を進めて勤務体制を見直すなど、経営部分での工夫が成功のカギとなります。

苦労も喜びも夫婦で共有!いい夫婦関係は、家族の大きな資産に

 私は一人の親として、個人的にも子供を持つことは人生で一番幸せな出来事だと実感しています。子育てが初めてという男性は、戸惑いも多いでしょう。けれども1人目の子供の場合は、母親だって子育ての初心者です。小さいうちは大変なことばかりですが、育児休業はその大変な時期に、夫婦で子育ての苦労や喜びを共有できる貴重な機会です。パートナーと家事・育児を協力して乗り切り、いい夫婦関係を築くことができれば、家族にとって大きな資産になります。それは何十年も続くものです。ぜひ一人でも多くの男性に、子育ての素晴らしさを体験していただけたらと思います。

山口慎太郎さん写真

 


山口慎太郎/東京大学大学院経済学研究科教授
 1999年、慶應義塾大学商学部卒業。2001年、同大学大学院商学研究科修士課程修了。2006年、アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士取得。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授、東京大学大学院経済学研究科準教授を経て、2019年より現職。専門は結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家庭の経済学」と、労働市場を分析する「労働経済学」。著書に第41回サントリー学芸賞受賞、「週刊ダイヤモンド」ベスト経済書2019の1位に選出された『「家族の幸せ」経済学』(光文社新書)がある。